江戸期

元禄以来、酒井家は江戸で鍛冶職(農業金物、民具金物)を営む。
口伝によれば先祖芝新堀町鍛冶金物屋伝右衛門は、忠臣蔵の天野屋利兵衛より依頼を受け、義士の忠誠に感じ討ち入り道具を作り、その義挙を助成した。

1887 東京に電灯がつく。
1889 東海道線全通。
1894 日清戦争始まる。

明治19年

伝右衛門より十八代目酒井太郎吉、芝金杉川口町に「酒井工場」を創設。煙草細刻機械を製造販売する。

1898 キューリー夫妻、ラジウムの発見。
1903 ライト兄弟、初飛行に成功。

     20年代

酒井工場は今日でいう旋盤、ボール盤、平削盤等の機械を自製する。

1904 日露戦争始まる。
日本初の無線電話。

     37年

煙草は製造専売となる。

1905 アインシュタイン、特殊相対性理論を発表。

     40年

売局は煙草細刻機械を統一するため、全国業者品評会を開催。酒井太郎吉発明の煙草細刻機械が最優秀金賞を受賞し、全国専売工場に一手納入する。

1908 T型フォード発売。GM設立。

 大正初期

当時の機械は鋳放歯車を使用していたが、機械の改良を志し、歯切盤を輸入、本邦初の機会切り歯車専門工場となり「酒井工場」から「酒井鉄工所」に改称。

1914 第1次世界大戦勃発。
1917 理化学研究所設立。
1923 関東大震災。

 昭和8年

太郎吉三男、酒井尚吉は独立し、品川区大崎本町1-16に「酒井精機製作所」を開設。

1924 IBM設立(CRTを改称)。
1925 ベル研究所設立。
1930 特急つばめ(東京-神戸、9時間)運転開始。

      10年

理化学研究所と取引開始(理化学実験用機械器具を製作)。

1936 二・二六事件。

      13年

大田区に工場を移転建設。理研興業のR.B.M.型卓上フライス盤ならびに卓上旋盤を製造し海軍監政本部に納入する。

1941 太平洋戦争勃発。

      17年

理研興業が中島飛行機の協力工場となると同時に、「酒井精機製作所」は精密工作機械の製作を停止し、中島飛行機製作所の直接の協力工場となる。

1942 ミッドウェー海戦。

      20年

空襲により、工場など焼失。

1945 日本は無条件降伏する。

      22年

酒井邦恭、資本金18万5千円で「太陽塗装工業株式会社」を設立。東京理化工業の業務用かま、キャノン8ミリ映写機などの塗装を手掛ける。

1946 世界初のコンピュータENIAC完成。

      24年

鈑金プレス業を開始。

      26年

「太陽工業株式会社」と改称。プレスと塗装業を中心とする事業を展開。

1949 湯川秀樹、ノーベル賞受賞。

      33年

組織を事業部制にし、売上高に応じて利益を社員に還元する「ゲーム制タイヨーシステム」を開始。後に分社制に発展。

1950 朝鮮戦争勃発、特需景気起こる。
1951 民間放送始まる。

      34年

大田区矢口に工場を増設。

1957 ソ連、世界初の人工衛星打ち上げに成功。

      36年

樹脂成型技術を応用した電子部品マイラーコンデンサーの製造を開始。
産業用プリント配線基板の製作を開始。

1959 岩戸景気到来。自民党、所得倍増計画を発表。

      37年

八王子工場を建設。産業用プリント配線基板、塗装鈑金業を開始。

      40年

現社名の「大陽工業株式会社」に改称。

1964 東海道新幹線開通。東京オリンピック大会開催。

      41年

「大陽エレクトロニクス株式会社」(昭和60年インテグラン株式会社に商号変更)を設立、分社制の先駆けとなる。
自動機事業部を設置し、コンデンサー自動選別機および自動エージング装置の製造販売を開始。

1967 日本のGNPが世界第3位となる。

      43年

「株式会社大昌電子」を設立。

1969 アポロ11号月面に着陸。
インテルの設立。

      44年

ソフトウェア部門を開設、大型コンピュータ向けのソフトウェア開発に進出。
「株式会社大和電子」を設立、片面および端子付きプリント配線基板の製造販売業務を譲渡。


1970
家庭用VTRの開発。
日本万博開催。
IBM、コンピュータにLSIを使用。

      45年

「大陽企画株式会社」(損害保険代理業)を設立。
「山七資源株式会社」を設立(63年セブンヒルズ株式会社に商号変更)。

1971 ニクソン・ショック。

      46年

「三陽技研株式会社」を設立。

      47年

「富士精密株式会社」を設立。

1972 ローマクラブ「成長の限界」発表。

      48年

那覇市に「株式会社大幸電子」を設立(53年丸忠デジタル株式会社に商号変更)。

      49年

「大金電子工業株式会社」を設立、メカ式キャッシュレジスターの製造販売。
台北市に「東伸電子」を設立。

1973 第1次オイルショック。シューマッハ「スモール・イズ・ビューティフル」を提唱。

      52年

「株式会社幸大」を設立(62年株式会社幸大ハイテックに商号変更)。大陽工業のソフトウェア部門を分離し、電子機器の販売を開始する。

1974 日本は戦後初のマイナス成長。

      53年

大陽工業に電子機器事業部を設置、産業用電子装置の製造を開始。
「大元不動産株式会社を設立」。
「丸越建物株式会社」を設立(平成3年株式会社インターオーシャンに商号変更)。
信栄建設株式会社の経営を引き受け、後に「良友建設株式会社」へ改称。

1976 日本電気が国産初のマイコン「TK-80」を発売。

      54年

大昌電子、「株式会社大昌プレテック」を設立。
大陽工業の電子装置事業部を分離、「富士マグトロニクス株式会社」(59年ファナックマグトロニクス 株式会社に商号変更)を設立。

1977 世界初の超LSIを開発(日本・超LSI組合)。

      55年

大陽工業の電子機器事業部を分離、「株式会社大忠電子」を設立する。
「株式会社ロック・アンド・ミネラル」を設立。(59年株式会社コスモサイエンスに商号変更)。

1978 A・ケストラー「ホロン革命」を発表。

      57年

「株式会社大和電子座間工場」を設立。
大昌電子、「大昌エレクトロニクス株式会社」を設立。

1979 第2次オイルショック。
PC-8001発表(日電)。

      58年

大陽工業の塗装事業部で塗装ロボットを導入。産業機器向塗装の完全無人化を計る。
丸忠デジタル、「ソリッドムール株式会社」を設立。
大昌電子、「株式会社大昌メックス」を設立。(61年株式会社コンベクトに商号変更)。
大昌電子、「株式会社キバン」を設立。
大金電子工業、「株式会社大金エレコム」を設立。
大陽工業に設計事業部を設置。CADを使用しプリント配線基板の基板設計を行う。
  大陽工業にプロセスセンターを開設、プリント基板のシルクスクリーン製版を行う。

1982
1983
1984
米、AT&Tの分割。
エイズウィルス発見。
INS実験の開始。高度情報化社会の幕開けへ。
日米、牛肉オレンジ交渉。

      59年

大陽工業、設計事業部を分離「株式会社セルボー電子」を設立。

1985 つくば科学万博開催。

      60年

大昌電子、「エレクトロレゾン株式会社」を設立。
大昌プレテック、「株式会社プレテックドウ」を設立。
大陽工業にプロセス事業部を設置、電子機器の構造設計および機器部品の切削販売。
「株式会社サテリット」を設立。
富士精密、「株式会社トライターム」を設立。
大陽工業、ヘリコプターエキュレーユAS350B(フランス製)を購入。



1986
1987
プラザ合意により、急激な円高パニックに。
高温超電導物質の発見。
高騰を続けた株価が暴落(ブラックマンデー)。
NHK、24時間衛星放送を開始。

   63年

大陽工業、東京ヘリポート内(新木場)にインテリジェント格納庫完成。航空事業部を設置し
ヘリコプターの販売及び整備の業務を開始。
大陽工業のプロセス事業部を分離し、「株式会社サテリット」を委譲。
大陽工業、運輸省航空局より不定期航空運送事業部及び航空機使用事業免許を取得、不定期航空
運送事業(二地点間輸送)を開始。(ベル製ヘリ4機導入)
大昌電子、「株式会社トッププロセス」を設立。
大陽工業、神戸ヘリポート内にインテリジェント格納庫完成。
大陽工業の第一プリント事業部を分離し、「株式会社レキシントン」を設立。
大陽工業の航空事業より「日本フライトセーフティ株式会社」を分離独立。

 

1988



1989

 

ニュールコンピュータの開発。
青函トンネル、瀬戸大橋の開通。
世界的マネーゲーム化。

消費税導入。
ベルリンの壁が崩壊。

平成元年

FE事業部(塗装関係)において近赤外線乾炉導入、短納期化を実現。
大陽工業、福岡市に航空事業所を開設。
大和電子、「株式会社シイエイデイ」を設立。

1990 東西ドイツの統一。平均株価2万円割れ。

    2年

幸大ハイテック、「株式会社コタビット」を設立。
大陽工業、「株式会社モーゴルコムトーキョー」を設立。

1991 湾岸戦争の勃発。ソビエト連邦が解体し独立国家共同体(CIS)に。

    3年

「株式会社インターオーシャン」を設立。
大陽工業に「航空電装事業部」「電源事業部」「サブミクロン事業部」を設置。

1992 ブラジルにて地球サミット開催。

    4年

インテグラン、インテグランエクスプレス株式会社を設立。
大陽工業、精密機械加工の「株式会社サブミクロン」を設立。

1993 皇太子御成婚。
ゼネコン汚職。

    6年

「タイヨウ工業株式会社」を設立。

1994 不況長期化。政治低迷続く。

    7年

粉体塗装関連ハイテク機器の開発に着手。(伊藤孜) 

1995 阪神大震災。オウムサリン事件。

    8年

不動産管理「株式会社アスピカ」

1996 エイズ薬害問題。
老人ホーム汚職。

    9年

「エアロファシリティー株式会社」を設立。粉体質量流量センサーとこれによる粉体塗料定量供給装置を発表。

1997 銀行・証券不祥事続発。

  10年

「株式会社サブミクロン」を「株式会社ウィーゴ」に改称。

1998 長野五輪開幕。

  11年

大陽工業「潟jューシステムテクノロジー」に出資。

1999
2000
東海村で臨界事故。
沖縄サミット開催。

  13年

大陽工業「サーキットテクノロジー梶vに出資。

2001
米国同時多発テロ。

14年

株式会社大忠電子香港現法設立。 2002 ワールドカップ日韓協同開催。
小柴昌俊ノーベル物理学賞。田中耕一ノーベル化学賞。

15年

株式会社分社経営研究所設立。
「インテグラン株式会社」と「株式会社セルボー電子」が合併。
「株式会社大元」を「株式会社つるかめ総合ケア」に改称。
2003 米国イラク空爆。
  16年 関山オーナー逝去(11月8日) 2004 新潟県中越地震発生、柏崎原発被害。
  17年 「株式会社つるかめ総合ケア」を「フォレスト総合ケア株式会社」に改称。 2005 日本道路公団分割民営化。
18年 株式会社大昌電子栃木新工場建設。
セブンヒルズ株式会社新工場建設、移転。
2006 日本郵政株式会社発足。
19年 株式会社分社理念研究所設立。 2007
20年 「株式会社大忠電子」を「株式会社ダイチューテクノロジーズ」に改称。
株式会社サテリット新工場建設、移転。
株式会社大昌電子、フィリッピン現法工場新設。
2008 北京五輪開催。
ノーベル物理学賞(南部・益川・小林)。ノーベル化学賞(下村脩)。
21年 良友建設株式会社とフォレスト総合ケア株式会社合併。
サンマレット株式会社の保険業務をフォレスト総合ケア株式会社に移管。
酒井オーナー逝去(8月25日)
酒井陽太氏分社グループ代表に就任
2009 オバマ氏、第44代米大統領に就任。
新型インフルエンザ(豚インフルエンザ)世界的流行
政権交代 民主党が衆議院第一党になる
22年 2010 小惑星イトカワから「はやぶさ」が帰還。
ノーベル賞 根本英一、鈴木章両氏が受賞。
23年 株式会社大昌電子、第三者割当増資を実施。
富士精密株式会社、タイに子会社設立。
2011 東日本大震災、津波発生。
タイで洪水被害、日本企業も大打撃。
世界人口が70億人突破。
24年 大陽工業株式会社、台北に現地法人を設立。 2012 東京スカイツリー開業。
ロンドン五輪開幕。
ノーベル生理学・医学賞、山中教授が受賞。
25年 ファナックマグトロニクス梶A潟}グトロニクスに社名変更。
潟_イチューテクノロジーズ、経済産業省「IT経営実践認定企業」に認定される。
轄K大ハイテック、埼玉県「多様な働き方実践企業」に認定される。
2013 富士山が世界文化遺産に登録される。
26年 潟}グトロニクス、大阪工場、西日本営業所開設。 2014
28年 株式会社富士コスモサイエンス、大陽工業株式会社と合併。
フォレスト総合ケア株式会社、大陽工業株式会社と合併。
2016
29年 株式会社ウィーゴ、セブンヒルズ株式会社と合併。 2017